産休・育休、会社の規定と法律、どちらに従うべきか?就業規則と労働法の関係を解説
産休・育休取得で直面する「会社のルールと法律、どっちが正しい?」という疑問
妊娠が分かり、産休・育休の取得を考え始めた際、多くの方がまず会社の就業規則や社内規定を確認されることでしょう。しかし、そこで目にする会社のルールが、インターネットで調べた法律の情報と少し違う、あるいは「うちの会社ではこういう決まりになっている」と説明された内容が法律で定められていることと異なっている、といった状況に直面することがあります。特に中小企業など、これまで産休・育休の取得前例が少ない会社では、会社側も制度に関する知識が十分でなかったり、古い規定のままになっていたりする可能性も考えられます。
このような状況で、「会社の規定に従うべきなのか、それとも法律が優先されるのか」という疑問や不安を抱かれるのは当然のことです。正しい知識を持たずに会社の規定に従ってしまった結果、本来受けられるはずだった権利を行使できなかったり、不利な条件で休業することになったりすることは避けたいものです。
この記事では、産休・育休を取得するにあたり知っておくべき、会社の就業規則と労働法(主に労働基準法、育児・介護休業法)の正しい関係性について解説します。どちらが優先されるのか、ご自身の会社の規定を確認する際のポイント、そしてもし規定が法律と異なっていた場合の会社との向き合い方について理解を深め、安心して産休・育休の準備を進めるための一助となれば幸いです。
就業規則と法律、それぞれの役割と関係性
まず、就業規則と労働法がそれぞれどのようなものか、そして両者の関係性について理解しておくことが重要です。
就業規則とは
就業規則とは、会社における労働者の労働条件や服務規律などについて定めた規則集です。労働時間、賃金、休日、休暇、休職、懲戒、退職といった、従業員として働く上での基本的なルールが記載されています。常時10人以上の労働者を使用する使用者(会社)には、就業規則を作成し、労働者の過半数で組織する労働組合(ない場合は労働者の過半数を代表する者)の意見を聴き、労働基準監督署長に届け出る義務があります(労働基準法第89条、第90条)。また、作成・届出た就業規則は、労働者に周知する義務があります(労働基準法第106条)。
就業規則は、要件を満たして作成・周知されていれば、労働者と会社の間で結ばれる労働契約の内容の一部となります。つまり、労働者も会社も、原則として就業規則に拘束されます。
労働法(労働基準法、育児・介護休業法など)とは
労働法とは、労働基準法、労働契約法、パートタイム労働法、育児・介護休業法など、労働条件に関する最低基準や労働者の権利・義務などを定めた法律の総称です。これらの法律は、労働者が健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるように、働く上での基本的なルールや権利を保障することを目的としています。
例えば、労働基準法では労働時間の上限や有給休暇の付与義務、解雇のルールなどが定められています。育児・介護休業法では、育児や家族の介護を行う労働者が休業や短時間勤務などの制度を利用できる権利などが定められています。
就業規則と労働法の正しい関係
では、会社の就業規則と労働法が異なる内容を定めている場合、どちらが優先されるのでしょうか。原則として、労働法が優先されます。
労働基準法第92条には、「就業規則は、法令又は当該事業場について適用される労働協約に反してはならない。」と定められています。つまり、法律で定められている最低基準を下回る内容の就業規則は無効となるということです。この場合、就業規則のその部分は効力を持たず、法律の規定が適用されることになります。
一方で、就業規則が法律で定められている基準よりも労働者にとって有利な内容を定めている場合は、その就業規則の規定が優先して適用されます。法律はあくまで「最低基準」を定めているため、それ以上の労働条件を定めることは認められています。
例えば、育児・介護休業法では育児休業の取得要件が定められていますが、会社の就業規則で法律よりも緩和された要件を定めている場合は、就業規則が適用され、より広い範囲の労働者が育児休業を取得できる可能性があります。しかし、逆に法律で定められた要件を満たしているのに、会社の就業規則でそれより厳しい要件を定めている場合は、就業規則のその部分は無効となり、法律の要件を満たせば休業を取得できる、ということになります。
中小企業で就業規則と法律の関係を確認する際のポイント
中小企業では、就業規則が整備されていなかったり、法改正に対応できていなかったりするケースも散見されます。産休・育休取得に向けて、ご自身の会社の規定と法律の関係を確認する際には、以下の点に注意してください。
- 会社の就業規則・育児介護休業規程が存在するか確認する: まず、ご自身の会社に就業規則や、育児・介護休業に関する規程がそもそも存在するのかを確認してください。存在するにも関わらず従業員に周知されていない、というケースもあります。
- 最新版の就業規則・規程を確認する: 規程が存在する場合でも、最後に改定されたのがいつなのかを確認し、最新版であることを確かめてください。法改正(育児・介護休業法は頻繁に改正されています)に対応していない古い規程の場合、法律と内容が異なっている可能性が高いです。
- 就業規則の入手・閲覧方法を確認する: 就業規則は会社が従業員に周知する義務があります。閲覧できる場所(例えば社内イントラネット、掲示板、書庫など)や、担当部署(総務部や人事部など)に確認して入手・閲覧してください。閲覧を求めても拒否される場合は、法的な問題がある可能性があります。
- 産休・育休に関する会社の規定内容を具体的に把握する: 産前産後休業(産休)や育児休業の取得期間、取得対象者、申請期限、給付金に関する会社の規定、社会保険料の取り扱い、職場復帰に関する事項(短時間勤務制度など)について、就業規則や関連規程でどのように定められているか具体的に読み込んでください。
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法律で定められている内容と比較する: ご自身の会社の規定と、法律(労働基準法、育児・介護休業法など)で定められている内容を比較してください。特に、以下の点について比較することをお勧めします。
- 産前産後休業の期間(産前6週、産後8週)
- 育児休業の取得対象者(原則として、期間雇用者など一部の例外を除く労働者)
- 育児休業の取得期間(原則として子が1歳、特別な場合は最長2歳までなど)
- 育児休業中の社会保険料免除の要件
- 子の看護休暇や育児のための短時間勤務制度など、その他の育児関連制度
法律で定められている内容については、厚生労働省のウェブサイトなどで最新の情報を確認することができます。
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会社の規定が法律より不利な場合は注意する: 会社の規定が、法律で定められている最低基準(労働者にとっての権利)を下回っている場合、その規定は無効となる可能性が高いです。例えば、「正社員でないと育児休業は取れない」と会社の規定にあっても、法律上の要件を満たしていれば非正規雇用の労働者でも取得できる場合があります。
会社の規定が法律と異なっていた場合の会社との向き合い方
会社の就業規則や規程の内容が、法律で定められている基準よりも不利な内容であったり、そもそも産休・育休に関する規程が曖昧であったりした場合、会社とどのように話し合いを進めるべきでしょうか。
- まずは事実関係を確認する: 規定が法律と異なっているように見える場合でも、まずは会社に確認してみることが重要です。総務部や人事部の担当者に、該当する規定について質問し、会社の解釈や意図を確認してください。この際、感情的にならず、あくまで「確認」という姿勢で臨むことが大切です。
- 法律の規定を根拠として示す: 会社の規定が法律よりも不利な内容になっていると思われる場合は、育児・介護休業法や労働基準法でどのように定められているかを示し、相談してみてください。法律の条文や厚生労働省のガイドラインなどを参考に、客観的な情報に基づいて話し合うことで、会社側も誤りを認識しやすくなります。
- 会社の誤解や無知である可能性も考慮する: 会社側が悪意を持って違法な規定を設けているとは限りません。単に法改正に気づいていなかったり、制度の解釈を誤っていたりする可能性も十分にあります。丁寧に説明し、法律に基づいた対応をお願いすることで、理解が得られることもあります。
- 就業規則の改定を提案する: 会社の就業規則が最新の法律に対応していない場合、法律に沿った内容に改定してもらうよう提案することも一つの方法です。これはご自身だけでなく、今後の従業員にとってもメリットがあるため、協力的な姿勢で働きかけることができます。
- 社内で解決が難しい場合の相談先を検討する: 会社との話し合いがうまくいかない場合や、会社が明らかに法律違反の状態を改善しようとしない場合は、外部の相談窓口を利用することを検討してください。
もしもの時の相談先
会社との間で産休・育休に関するトラブルが生じた場合や、会社の対応に不安を感じる場合は、以下の相談先が利用できます。
- 労働基準監督署: 労働基準法や育児・介護休業法などの労働法全般に関する相談や、法律違反が疑われる場合の申告を受け付けています。
- 都道府県労働局 雇用環境・均等部(室): 育児・介護休業法など、働く上での男女均等待遇やハラスメントなどに関する専門的な相談に応じ、必要に応じて是正指導や紛争解決援助なども行います。
- ハローワーク: 育児休業給付金の手続きなど、雇用保険に関する相談ができます。
- 弁護士: 会社の対応が法律違反にあたるかどうかの判断や、会社との交渉、労働審判や訴訟などの法的手続きについて専門的なアドバイスや代理を依頼できます。
これらの相談窓口は、匿名での相談を受け付けている場合もあり、まずは情報収集のために利用してみることも可能です。
就業規則と法律の確認チェックリスト
ご自身の会社の就業規則や規定が、法律に照らして適切であるかを確認し、安心して産休・育休の準備を進めるためのチェックリストです。
- [ ] 会社の就業規則(または関連規程)が存在することを確認した
- [ ] 就業規則の最新版を入手または閲覧する方法を確認した
- [ ] 就業規則の産休・育休に関する項目(期間、対象者、申請、給付金、社会保険料など)を読み込んだ
- [ ] 労働基準法、育児・介護休業法で定められている産休・育休関連の最低基準について調べた
- [ ] 会社の規定が法律の最低基準と比較して、有利か不利か、または同等であるかを確認した
- [ ] もし会社の規定が法律より不利な内容に見える場合、その理由や会社の解釈について会社に確認した
- [ ] 確認の結果、不明点や法律違反の可能性がある場合は、会社の担当部署と冷静に話し合うための準備をした
- [ ] 必要に応じて、外部の相談窓口(労働局など)の連絡先を確認した
まとめ:正しい知識で自信を持って産休・育休へ
会社の就業規則は、働く上での大切なルールですが、それが法律の最低基準を下回るものであってはなりません。ご自身の産休・育休に関する会社の規定が、最新の法律に沿っているかを確認することは、安心して制度を利用するために非常に重要です。
特に中小企業で前例が少ない状況では、会社側も手探りであったり、知識が不足していたりする可能性も考えられます。法律という客観的な根拠を持つことで、会社との話し合いを建設的に進めることができます。
正しい知識を味方につけ、会社の規定と法律の関係性を理解することで、ご自身の権利をしっかりと守りながら、自信を持って産休・育休の準備を進めてください。もし手続きの中で疑問点や不安が生じた場合は、この記事で触れた相談窓口なども活用しながら、一歩ずつ着実に進んでいくことが大切です。
この情報が、皆さまの産休・育休取得の準備に役立つことを願っています。